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★Andybell★

Author:★Andybell★
当ブログへようこそ✌️
宮城県仙南地区住まいアラフィフでちょっとメタボ・・・もとい!結構メタボな4歳児(人間)と5歳児(犬)のパパです。
出張が多いので出張先、宿泊先などの情報、育児(高齢パパなのでけっこう大変・・・)、愛犬のシェルティ、お役立ち情報などを書いていきたいと思います。

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東日本大震災アーカイブと3.11で思う事

今日は3月11日、ご存知の通り「東日本大震災」が発生した日です


今週(前回まで)は5年前の震災当時の我が家を思い出してブログを更新していました


幸いにも我が家は大きな被害はありませんでしたが、少し周りを見渡しただけで被害にあった方が大勢います
身近なところでも南相馬市の親戚の家が津波で流され壊滅、幸いにも不在だったので亡くなった方はいませんでした
福島県双葉郡の親戚は居住困難地域のため、未だに家に戻れません


仙台の勤め先では社員が犠牲になることはありませんでしたが、家が流されたり、ご家族が亡くなられていたり、アパートが浸水したり、福島県の居住困難地域で戻るのを諦めて新たな地での生活を始めたりと一歩間違えば自分の身に降りかかっていたかもしれないとつくづく思います


震災当時の記憶を風化させてはならないと、行政やテレビ局などがアーカイブ化してまとめていますので、ぜひ訪れてみてください


NHK東日本大震災アーカイブス


NDL東日本大震災アーカイブ


東日本大震災アーカイブ宮城


3.11 忘れない FNN東日本大震災アーカイブ


そういえば、当時の民主党政府やマスコミは米軍・自衛隊の活躍をあまり大きく公表しませんでしたが、被害者救援活動の拠点として仙台空港をいち早く使えるようにしたのは、米軍特殊部隊と自衛隊の離れ業的な作戦だったそうです
津波で滑走路が泥や瓦礫、流された車で覆われていたものを作業開始わずか3時間で軍用機が離着陸できるようにしたそうで、その後の救援活動が大幅に向上したことは言うまでもありません


我が家は仙台空港離着陸時のルートに近く、昼夜深夜関係なく米軍や自衛隊の輸送機、ヘリコプターが上空付近を飛んでいたのを思い出します


阪神淡路大震災の時も自衛隊が活躍していましたが、東日本大震災でもクローズアップされることはあまりありませんでした
自分も含め助けられた方々は少なからず自衛隊や米軍の救援活動に感謝していると思います
また、被災した方々に温かい食事やお風呂を提供しても彼らはレトルトや缶詰の非常食(野戦食?)を温めずにそのまま食べて入浴もせずに救援活動をしていたのです
家族が被災していても任務優先ですので帰ることはできないんですよね、中には家族が行方不明でも任務をこなしていた自衛官もいたそうです


当時の政府やマスコミに反自衛隊の方々が結構いたようですが、活躍したものは純粋に大きく評価して公表しても良いのでは?と思ってしまいますね


3.11、いろいろ考えさせられますが災害は突然やってきます
良い機会だと思いますので、災害時の備えを見直してみてはいかがでしょうか


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